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252回目の第九を指揮するはずだった12月29日午後10時すぎ、まるでその演奏会を看とるように、朝比奈さんは逝きました。
本誌の「コンサート手帳」に書いた初めての実演から27回。一つひとつを思い返してみる。すると、演奏はもちろん、「ああっ。あのころ僕は…」と、時々の心情が蘇ってくるのです。感動した演奏会は数々。でも、寄り添うように、励まし支えてくれた音楽は朝比奈さんだけでした。
いま25年前の録音を聴いています。想いは同じ。これほど波瀾万丈を生きた音楽家は他にいないでしょう。音楽は人のためにある。当たり前のようですが、貫けた芸術家はあまりにも少ない。評論家すじではなく、たくさんの愛好家に支持された秘密は、ここにあったのでしょう。
生き様をさらすような真剣勝負は最後まで。1998年12月30日、大阪での第九が忘れられません。一人ひとりの奏者から、音楽が自発的に湧き出てくる。この上もなく優しく、あったかい。
「指揮とはこういうものだ」。
朝比奈さんの声が聞こえるようでした。
「こんなときは、あの日の朝比奈さんを思いだそ」。たくさんの人々の記憶に生き続けるのです。僕の中で、最後の第九は決して鳴りやまずに。 |
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