[みやげ物屋の サライフ]
観光地でツキモノなのが、みやげ物売り。適度な買い物ならいいが、絵はがきや首飾りを目の前に近づけて迫ってくる「押売り」もしばしばで、そのしつこさには辟易する。
チェンナイ近郊のカーンチープラムの寺院。ここにも、あぁいるいる。シルク布の細密画を抱えた男性がこちらに近づいてくる。何か買うまではどこまでも付いて来るぞ・・・と思いきや、いつもと違う。どうしたわけか、急に押売りをやめたのだ。彼の住む町マハーバリプラムのことを私がよく知っていて親近感がわいたらしい。商売根性が私に向けられなくなった後は、すぐそばの茶店でチャイを飲みながら、仕事や家族の話になる。
サライフという名の彼の家は、ここからバスで二時間ほどの隣町。朝五時に家を出て、七時ごろから仕事を始める。南インドの寺院は正午から四時までは閉門のところが多く、彼がいつもいる寺院もその一つ。その後、日没まで仕事で、帰宅は夜九時過ぎだという。
彼が突然、飲みかけのチャイを残して寺院へ小走りで戻って行く。と、まもなく欧米人の団体客が大型バスで乗りつけ、ぞろぞろと寺院見物を始めた。彼の出番だ。観光客の後を追う彼を見ていると、さっきまでの自分とは反対に「誰か買ってよぉ・・・」なんて、つい心の中で応援してしまう。
翌日、彼は忙しい自分の代りに友人に頼んで、私を他の寺院へ案内させ、夕方は早めに仕事を切り上げ、マハーバリプラムまで、私と同行した。
サライフの一家はイスラム教徒で、大戦中、戦火を逃れてビルマから歩いて来たんだそう。両親と奥さんと二人の子供、兄夫婦、弟妹の十人家族。木造の家には、商売用のみやげ物がたくさんあって、彼の兄もまた、地元の海岸でみやげ物屋をしている。
「ぜひ!」と言われてビルマ風えびカレーや南インドコーヒーをごちそうになる。決して経済的に豊かとはいえないが、食べきれないほどたっぷり盛ってくれ、皆で歓迎してくれた。余談だが、このとき彼のお父さんから習ったタミル語は、後で大活躍!
急に親しくなる人の中には、何かしら下心があったりして注意が必要なのだが、彼は最後まで私に何を要求するでもなく、親しくふるまってくれた。実際、彼は仕事でほとんど家にいなかったけど。毎晩のように「夕飯を食べに、おいで」と言ってくれる彼らへのお礼に、一緒に撮った写真を早速現像してあげたら、子供達がテレながら大喜びしてくれた。サライフと彼の家族のことを思うと、みやげ物売りを簡単に追い払えなくなる。
望月さと子
『すぎなみ文化通信』 2000年5月号 掲載
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