私の生まれ育ったところは、大崎町五反田です。五反田駅に近い下町だったので、暮れになると割烹着姿に姉さん被りのおかみさんたちが、高く積み上げたせいろを囲んでお喋りの花を咲かせます。男衆の餅つきの音が、表通りまで威勢良く響いていたものです。主役は大人たちですが、私たち子供もウキウキして、走り回っていました。町中が一斉にお正月を迎えるという気分でした。これは昭和18年ごろまでの五反田です。
私が今住んでいる高円寺でも、昭和初めごろまでは、あちこちの農家の庭先で餅つきをしていて、その日ばかりは、子供が畑で遊んでも叱られなかったといいます。
昭和35年、私が高円寺南五丁目に越してきたときは、裏の空き地によしず張りの小屋が建って、どさ回りの一座が股旅物の芝居を打っていました。
拡声器から流れてくる波を打ったレコードの音を聞きながら、えらい田舎に来たものだ、と旅役者たちが炊事をしている姿を覗いていたものです。
今は、旅芸人の夢の跡も消えうせて、マンションが並んでいます。
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